「サウナ界隈」「K-POP界隈」「風呂キャンセル界隈」。いまでは、ほとんど何にでも「界隈」がつきます。しかし、自分がどの界隈にいて、別の界隈からどう見えているのかを説明できる人は、それほど多くありません。
昨年度、僕のゼミで卒業論文に取り組んだうりゅーさんが、研究成果に加筆・編集を重ねたnote連載「界隈概論」を始めました。2026年8月23日に公開された第1回は、身近になった「界隈」という言葉を、SNS上の集団と人間関係を読み解く概念として捉え直しています。
初回と卒業論文、全15回の目次案を読んで、僕は「界隈」がマーケティングのための分類を超え、現代の社会を考えるための有用なものさしになると感じました。
「ドアはないのに、壁はある」が界隈の核心を示す
第1回が描く界隈には、会員証も名簿もリーダーもありません。誰かに入会を認めてもらう必要はないのに、使う言葉、写真の色調、好まれる振る舞いといった暗黙の作法があります。それを共有できる人は内側に入り、共有できない人は、明確に拒まれなくても外側に置かれます。
うりゅーさんは、この状態を「ドアはないのに、壁はある」と表現します。
外から存在は見えるのに、内側で交わされる言葉の意味や距離感までは読めない。検索すれば用語の意味はわかっても、どの場面で使えば喜ばれ、どこからが野暮になるのかまではわかりません。この「半透明」な境界に、現代の界隈らしさがあります。
ここが、単なるマーケティング上のセグメントとの違いです。外からは同じ趣味や購買傾向を持つ集団に見えても、内側には帰属意識や美意識、言葉の使い方、身を守るためのルールがあります。界隈を見ることは、人を分類することではなく、その集団がどのように境界をつくり、保っているのかを理解することです。
界隈は新しくない。しかし、見つけ方が変わった
「政治と野球の話はタブーだ」。僕も先輩から、そんな教えを聞いたことがあります。意見が強く分かれる話題を、不用意に別の人間関係へ持ち込まない。昭和の頃にも、場所や所属、関係性ごとに異なる暗黙の了解がありました。名前がついていなかっただけで、界隈に近いものは以前から存在していたのでしょう。
新しいのは、それがSNS上で言葉になり、投稿のまとまりとして見えるようになったことです。さらに「自分はこの界隈の人間だ」と名乗ることで、ひとりの行動や感覚にも、仲間のいる文脈が生まれます。
界隈という言葉が広がった結果、僕たちは無数の集団を発見できるようになりました。同時に、自分が当然だと思っていた言葉づかいや振る舞いも、ある界隈の内側だけで通じる作法かもしれないと気づけます。
「混ぜるな危険」は、分断を肯定する言葉ではない
界隈は、基本的には「混ぜるな危険」です。ある場所で歓迎される言葉や冗談が、別の場所では説明不足になり、ときには攻撃として受け取られます。内側の常識を、文脈の異なる相手へそのまま持ち込めば、意図しない摩擦が起きます。
ただし、これは人を界隈に閉じ込めたり、異なる集団を交わらせない方がよいと主張したりするものではありません。僕たちは仕事、家族、趣味、地域など、複数の界隈に同時に属しながら暮らしています。必要なのは、境界を越えるときに言葉や前提を翻訳することです。
界隈を理解することは、分断を肯定することではなく、接続に必要な翻訳コストを知ることです。
自分がいま、どの界隈の常識で話しているのか。相手には、どの文脈が見えていないのか。その自覚は、SNSだけでなく、職場や学校、家族を含む人間関係で失敗を減らすためのリテラシーにもなります。
15の題材から、見えない社会の仕組みをたどる
連載では、言葉の言い換え、画像のALT欄、裏アカウント、デスク環境、投資の損失報告、推しへの課金、聖地巡礼まで、一見ばらばらに見える現象を「界隈」の視点から読み解いていきます。
特別に目次をシェアしてもらいましたが、面白いと思ったのは、界隈を特定の趣味集団だけに限定していない点。言葉、表現、感情、消費、都市まで視野を広げることで、SNS上の小さな振る舞いが、社会の仕組みや経済活動とどうつながるのかが見えてきます。
卒業論文が、社会を一緒に考える連載になった
卒業論文には、問いを立て、先行研究を参照し、調査から考察を導く役割があります。一方、公開連載には、身近な具体例を入口にして、専門外の人とも問いを共有できる強みがあります。
今回の連載は、卒業論文の内容を短く分割しただけではありません。研究の芯を残しながら、読者が自分のタイムラインや人間関係へ引き寄せて考えられる形に編集されています。ゼミでこの研究を見てきた立場として、卒業後も問いを育て、社会へ開いていく試みをとても楽しみにしています。
第1回が示した定義は、これから扱う15の事例によって、確かめられ、揺さぶられ、さらに具体的になっていくはずです。界隈は人を守るのか、それとも分断を深めるのか。内側にいる自分と、外側から見られる自分は同じなのか。連載を追うことで、日々のSNSの見え方も少しずつ変わっていくでしょう。
次にタイムラインを開いたとき、「これは、どの界隈の常識なのだろう」と一度立ち止まってみる。そこから、見えているのに読めなかった人間関係の輪郭が浮かび上がってきます。
リンク
- うりゅーの界隈研究室「#1 界隈概論〜『界隈』って、結局なんなんだ?〜」(2026年8月23日公開)