ピープルアナリティクス協会 デジタルフルーエンシー分科会 第1回レポート
2026年8月31日、ピープルアナリティクス協会のデジタルフルーエンシー分科会。同協会の上席研究員、髙浪司さんと、iU大学教授の松村太郎による研究会で、今回が初回でした。
「出世したい」と「成長したい」はイコールではない、と指摘しました。この言葉は、人事担当者だけでなく、これから社会へ出る学生と、その進路を考える保護者にも向けられています。
僕は「AI時代に次世代人材をどう見抜き、生かすか――人が生きるデジタルコンピテンシー」をテーマに話題を提供し、もう一つの問いを投げかけました。
「3年後、組織の変革を任せられる10人を、いま名前で挙げられますか。その根拠は何ですか」
冒頭の問いに、年次、職歴、資格、研修歴、現在の業績だけで答えるのは難しいはずです。それらは主に、これまでの働き方を説明するデータだからです。
AIによって仕事の分担も評価される能力も変わるなか、必要なのは「誰が優秀か」という順位ではありません。「誰に、何を、どんな条件で任せれば成果が上がるか」を、実際の行動から確かめることです。
第1回で浮かび上がったのは、AI研修を増やせば解決するという話ではありませんでした。組織全体のデジタル能力を底上げするのか。それとも、変革を担うタレントを見つけて集中的に育てるのか。
AI時代の人材育成は、この二つをどう接続するかという設計問題になっています。
AIは「七つ目のスキル」ではなく、すべての能力に掛かる
ここでは、デジタルコンピテンシーとデジタルフルーエンシーに上下関係を置かず、二つの角度から人とデジタルの関係を捉えます。
本稿では、デジタルコンピテンシーを、知識・技能・態度を組み合わせてデジタル技術を批判的かつ責任ある形で使う能力とします。デジタルフルーエンシーは、身につけた能力を新しい道具や状況へ柔軟に移し替え、成果へ結びつける実践の質として捉えます。これは、本分科会で検討を進めるための作業上の整理です。

講演ではデジタルコンピテンシーの仮説的な能力群として、根拠と仮説を分ける妥当性判断、仕事を分解して人とAIの役割を決める設計力、前提を問い直す力、他者と共創する力、小さく試して修正する力、品質・倫理・知的財産・説明責任を引き受ける力の六つに整理しました。
ここへAI活用を一項目だけ足すのでは不十分です。本稿では、AIが六つの能力すべてへ作用する「掛け算」として考えます。
妥当性を判断できなければ、AIはもっともらしい誤りを速く量産します。仕事を分解できなければ、AIが作った下書きを誰が確認するのかが曖昧になり、かえって手戻りが増えます。一方、問いを立て、試作し、検証し、責任を持てる人は、AIによって行動と学習のサイクルを速められます。
つまり、AIは能力不足を一律に埋める道具ではありません。すでに持っている判断や行動の質を、良い方向にも悪い方向にも拡大します。
大学での卒業論文発表にも、その変化が表れました。僕は学生に、スライドの装飾へ時間を使うより、論文本文を最後まで磨き、発表直前の15分でAIにスライド化させるよう伝えました。これは統制した実験ではなく、教員としての観察ですが、できたスライドは前年より明瞭でした。
PowerPointの操作が無意味になったのではありません。価値の置き場所が、手作業でページを整えることから、何を伝えるのかを考え抜き、AIの出力を確かめ、自分の言葉で説明することへ移ったのです。
「全員」か「選抜」かではなく、役割の違う二層をつなぐ
僕は、組織全体の底上げとタレントの集中育成を、目的の違う二層として設計する必要があると考えています。
全員の底上げは、AIを安全に使い、互いの仕事をつなぐための共通基盤をつくります。情報の扱い、出力の検証、データや知的財産への配慮、最終判断を人が引き受ける原則は、一部の先進人材だけが知っていても機能しません。
ただし、全員に同じ研修を受けさせ、同じ水準へそろえるだけでは、変革を担う人材は見つかりません。講演では、実在する課題を小さく任せ、誰が問いを立てたか、AIと人の役割をどう分けたか、異論をどう取り込んだか、失敗後に方法を変えたかを観測する「実験型ピープルアナリティクス」を仮説として示しました。

そこで行動の証拠が見えた人には、次の課題、裁量、支援を渡します。成果は個人の手柄で終わらせず、チームの知識やAIワークフローへ戻します。底上げがタレントの発見を支え、タレントの実践が組織全体の底上げへ戻る。この循環が、今回の議論から導いた僕の見立てです。
「全員」を、同じパソコン研修を受けることと考えない点も重要です。質疑では、介護や地域企業など、勤務中に机へ座る時間がほとんどなく、個人のメールアドレスや端末さえ十分ではない現場が話題になりました。そこで必要なのは高度なAIツールの操作講習ではなく、現場の端末から組織が用意したAIエージェントへアクセスできる仕組みかもしれません。
能力だけでなく、能力を発揮できる条件まで設計しなければ、デジタルフルーエンシーは組織の成果になりません。
企業の「成長コース」が、若者の意欲とずれている
若い世代の成長意欲が低いのではありません。面白い仕事をしたい。専門性を高めたい。社会へ影響を与えたい。しかし企業側では、給与と昇進が強く結びつき、管理職とは別の専門職ルートを十分に用意できない。このずれに、多くの企業が悩んでいると髙浪さんは話しました。

髙浪さんは、企業が人材の可能性を考える際にも「スキルはあくまで現時点の情報」だと指摘します。その人が未来にどう伸びるのかを、今ある人事データからどう捉えるか。企業の現場では、そこが難題になっています。
人の能力は、設備のように会社が保有できるものではありません。社員は、自分の時間、創造性、学習意欲をどこで使うかを選べます。副業、個人プロジェクト、発信、起業をAIが支えるようになれば、企業は他社だけでなく、社員自身の活動からも「選ばれる仕事」を提示しなければなりません。
これは、学生の進路選択にもつながります。会社名や初任給に加え、その職場でどんな課題を任されるのか、AIを使って試せるのか、失敗から学べるのか、専門性を伸ばす評価ルートがあるのかを見る必要があります。
保護者が子どもの成長を見る物差しも変わります。「Excelが得意」「プログラミングができる」「きれいなスライドを作れる」といったスキルは、これからも基礎として役立ちます。ただ、それだけでは差になりにくくなります。
どんな問いを立てたのか。何をAIへ任せ、何を自分で判断したのか。誰と協力したのか。失敗後に何を変えたのか。結果について、どこまで説明できるのか。
試験の点数や資格に加えて、こうした行動の記録を残すことが、AI時代の学びとキャリアのポートフォリオになります。基礎知識や専門知識が不要になるわけではありません。AIの誤りを見抜くにも、良い問いを立てるにも、対象分野を理解する必要があるからです。
次世代人材は、過去の肩書ではなく「小さく任せた結果」から見えてくる

第1回では、デジタルフルーエンシーをどう測るか、どの行動が事業成果と結びつくかについて、まだ結論は出ていません。六つのコンピテンシーも、企業や職種を越えてそのまま使えるかは、これから実証する段階です。
だからこそ、最初から人を「AI人材」と「それ以外」に分けるべきではありません。まず全員が参加できる安全な基盤をつくる。そのうえで、実課題を小さく任せ、行動を観測し、可能性が見えた人へ次の機会を渡す。評価は選別の終点ではなく、育成と配置を始めるために使います。
AI時代の人材戦略で問われているのは、優秀な10人を当てることではありません。
まだ見えていない10人が動き出し、その能力を確かめられる場を、組織がつくれるかどうかです。
今後もピープルアナリティクス協会のデジタルフルーエンシー勉強会で、議論を進めて参ります。