2026年7月26日、近畿大学の東大阪キャンパスに、「大学のイベントに出展したAppleブース」という言葉から想像する規模を大きく超えた空間が現れました。

会場は2号館1階の実学ホール。広さも設備も、新設されたApple Storeの売り場を思わせます。ひっきりなしに高校生や保護者が訪れ、一時は入場を制限するほどの盛況でした。少なくとも僕がこれまで取材してきた教育・テクノロジーイベントの範囲では、大学のオープンキャンパスにAppleがここまで本格的な体験空間を持ち込むのは異例です。

しかし、今回の取り組みで本当に面白かったのは、ブースの大きさではありません。

Appleは製品を並べたのではなく、高校生に「Macのあるキャンパスライフ」を予行演習してもらう場所をつくっていました。すでに身近なiPhoneと、まだ使ったことのないMacの間を、大学での学びという具体的な場面でつなごうとしていたのです。

1万人規模の進学イベントが、Macとの最初の接点になった

近畿大学のオープンキャンパスは、1万人以上が訪れる日もある西日本最大級の進学イベントです。今回のApple製品体験会は、受験生と保護者が集まる7月のオープンキャンパスに合わせ、参加無料、事前予約不要で実施されました。

ここで重要なのは、来場者の多さだけではありません。高校生にとって大学進学は、入試や学部を選ぶだけでなく、入学後に使うパソコンや学習環境を初めて具体的に考える時期です。保護者にとっても、パソコンは単なる買い物ではなく、授業や課題に必要な教育投資になります。

その意思決定が動く場所で、Macを実際に触り、大学生活でどう使うのかを確かめられる。これは製品広告を見せるよりも、はるかに具体的な接点です。

現地で聞いたところ、当日はApple 梅田、Apple 心斎橋、Apple 京都からスタッフが集まり、製品や機能を案内していました。来場者が次々と入ってくる様子は、iPhoneの発売日を思わせるほどでした。一方、オレンジ色のTシャツを着て会場を支えていたのは、近畿大学情報学部の学生です。Appleだけが大学に場所を借りたのではなく、大学と学生が一緒に体験をつくっていたことも、このブースの特徴でした。

近畿大学では、情報学部の全学生がMacを必携とし、iOSアプリ開発を学ぶ授業も開いています。大学側にすでにApple製品を教育へ使う蓄積があるからこそ、今回の出展は一日限りの場所貸しではなく、実際の学びへつながる取り組みになっていました。

製品ではなく、「大学でどう使うか」が主役だった

これまで僕が取材したEDIXやSoftBank Worldでは、手に取りやすいMacBook Neoが訴求の中心でした。それに対して今回は、MacBook AirやMacBook Proまで並び、より広いMacの選択肢が紹介されていました。

高校生全員に同じMacを勧めるのではなく、レポート作成、プレゼンテーション、写真や動画の編集、プログラミングなど、入学後に取り組みたいことから製品を考えられる構成です。低価格の入口だけを見せるのではなく、「自分の学び方にはどれが合うか」まで想像できる点に、大学という場に合わせた設計がありました。

Appleの担当者によれば、今回のために用意したという、キャンパスライフをテーマにしたToday at Appleのプログラムも印象的でした。まずプレゼンテーションで使い方や考え方を知り、その直後にワークショップで自分の手を動かします。聞いただけではわかったつもりになる操作も、実際に試せば、つまずく場所や質問したい点がすぐに見えてきます。

ワークショップには長い列ができ、参加者は真剣に画面を見ながら操作し、スタッフへ質問していました。商品説明を聞いて終わるのではなく、学び、試し、尋ねるところまでを一続きにしたことが、滞在する理由を生んでいました。

iPhoneユーザーの多さは、Macの伸びしろでもある

僕が見た複数回のセッションでは、iPhoneを使っている人を尋ねると多くの手が挙がる一方、Macユーザーを尋ねるとゼロ、という場面がありました。これは会場全体の利用率を示す調査ではありませんが、今回の施策が狙う接点をよく表しています。

Appleは、高校生にとって知らないブランドではありません。iPhoneはすでに日常の中にあります。しかし、その親しみがMacの利用へ自動的に広がるわけではありません。スマートフォンとパソコンでは、価格も購入理由も、使い方を覚える負担も違うからです。

そこで、大学の課題や制作活動という明確な目的を置き、Macを初めて触る機会をつくる。iPhoneとの連係も含め、「自分にも使えそうだ」と実感してもらう。今回のブースは、ブランド認知を製品体験へ変えるオンボーディングとして、かなりよくできていました。

もちろん、この日の盛況だけでMacの購入増加まで証明できるわけではありません。確認できたのは、これまでMacを使っていなかった高校生が足を止め、操作を学び、質問するところまでです。参加後の購入検討や、入学後の継続利用へどれだけつながるかは、これから見るべき点です。

ステッカースタジオは、Macを「自分のもの」に変えた

もう一つ、現地での説明によると日本のチームが発案したという「Sticker Studio(ステッカースタジオ)」が、とても楽しい体験でした。

近大仕様のAppleロゴ、往年の「hello」、クラシックMac、近大マグロなど、学校とAppleの文脈を組み合わせたステッカーから、気に入ったものを5枚ほど選びます。次に、色や雰囲気の異なるセットの中でMacの上に配置し、自分らしい組み合わせを写真に残します。選んだステッカーは最後に袋へ入れて持ち帰ることができ、オープンキャンパスの記念品にもなります。

これは単なるノベルティ配布ではありません。購入前のMacを自分好みに編集し、日々持ち歩く姿を想像する小さなプロトタイピングです。性能や価格とは違う角度から、Macとの距離を縮めていました。僕自身、普段のApple Storeでも実施してほしいと思ったほどです。

近畿大学のモチーフが入っているため、体験はAppleだけのものにも、大学だけのものにもなりません。Appleの世界観を保ちながら、その大学に来た意味を残す。このローカライズが、企業と大学のコラボレーションを実感できるものにしていました。

Appleがつくったのは、売り場ではなくキャンパスへの入口だった

今回の設計は、アジア太平洋地域や中国を含む他の大学でも応用できる可能性があります。ただし、同じ什器と製品を持ち込めば再現できるわけではありません。大学固有の学びをテーマにしたプログラム、現役学生との協働、地域や学校の文脈を織り込んだ体験、そしてApple Storeと同じ水準で製品を案内できるスタッフ。この組み合わせが必要です。

Appleには高いブランド認知があり、若い世代にはiPhoneという大きな入口があります。今回の近畿大学での試みは、その強みをMacへ広げるとき、単に製品の価格や性能を伝えるだけでは足りないことを示していました。

進学時のパソコン選びは、学生がこれからの学び方を選ぶことでもあります。だからこそ、大学生活の入口でMacを触り、学び、少し自分らしくしてみる体験には意味があります。

Appleが近畿大学に持ち込んだのは、一日限りの売り場ではありませんでした。iPhoneユーザーがMacのあるキャンパスライフへ渡るための、よく設計された橋だったのです。

参考資料