2026年7月28日、東京国際フォーラムで「FPoS Developers Conference 2026」が開幕しました。主催した日本通信の福田尚久代表取締役社長兼CEOは、ウェルカムセッションの冒頭で、FPoSの機能説明より先に「信頼」の歴史を語り始めました。

FPoSは、マイナンバーカードの公的個人認証と、スマートフォン内の安全な領域に保管した秘密鍵を組み合わせ、デジタル空間で「本人であること」と「本人がその意思を示したこと」を証明する基盤です。

ただ、福田氏が描いた射程は本人確認にとどまりません。病院、薬局、銀行、交通、自治体と分断されているサービスを本人の許諾のもとでつなぎ、AIエージェントが手続きを進められる状態をつくる。その前提として、誰が、何を、どこまで許可したかを技術と制度の両方で確かめられるようにする構想です。

FPoSを理解する鍵は、セキュリティの強さだけではありません。

AIが人に代わって行動する時代に、「信頼」を実行可能な仕組みへ変えようとしている。

そこが、今回のスピーチから見えたFPoSの本質でした。

データは運べても、「信頼」は運べているか

日本通信は1996年の創業以来、「安全・安心にデータを運ぶ」ことを事業の軸としてきました。スマートフォンとインターネットが普及し、情報を送るコストは大きく下がりました。一方で、届いた情報を信じてよいのか、相手は本当に名乗った本人なのかという問題は、むしろ重くなっています。

福田氏は、30年間の事業を振り返りながら、現在の課題を次のように表現しました。

「データを運ぶことは簡単になりました。ただ、一つ問題になっていることがあります。それは、信頼できる情報が運べているか、という問題です」

フェイクニュース、なりすまし、詐欺、データ漏えいは、すべて同じ問題ではありません。しかし、デジタル空間で「誰が発したのか」「改ざんされていないか」「本人はその処理を許可したのか」を確かめにくいという共通点があります。

そこで第1回となる今回のカンファレンスは、「デジタルに、信頼を取り戻す。」をテーマに掲げました。福田氏のウェルカムセッションも、技術仕様の紹介ではなく、信頼をどう設計し直すかという問いから始まりました。

FPoSは、本人確認からデータ連携までをつなぐ

FPoSは「FinTech Platform over Security module」の略称です。開発当初はSIMに秘密鍵を格納する「FinTech Platform over SIM」として構想されました。その後、iPhoneやAndroid端末に、秘密鍵をハードウェアで保護できるセキュアエレメントなどが搭載されたため、現在の名称へ改められました。

日本通信の公式説明では、FPoSは次の4機能を一つの基盤で提供します。

機能 確かめること 生活上の意味
身元確認 その人が公的に確認された本人か 初回登録時のなりすましを防ぐ
当人認証 いま操作している人が登録本人か 毎回のログインや取引を安全にする
電子署名 誰が、どの内容に意思を示したか 申請、送金、契約、許諾を後から検証できる
データ連携 本人の合意に基づき、異なるサービスのデータをつなげるか 行政、金融、医療などをまたぐ手続きを減らす

起点になるのは、マイナンバーカードの公的個人認証サービス(JPKI)です。ただし、FPoSは12桁のマイナンバーを、民間サービスが自由に横断利用する仕組みではありません。個人番号の利用は法律で厳しく制限されており、マイナンバーカードの電子証明書にも12桁の番号は記録されていません。

FPoSでは、公的個人認証で本人を確かめたうえで、電子署名法の認定を受けた認証局が電子証明書を発行します。秘密鍵はスマートフォン内のハードウェアで保護されます。事業者側が番号やパスワードを知っているだけでは、本人になりすまして署名できない設計です。

福田氏によると、開発はマイナンバーカードの交付が始まった2016年に着手しました。2018年には金融庁のFinTech実証実験ハブで金融取引への活用を検証し、2019年に結果が公表されました。子会社のmy FinTechは2021年、スマートフォンに搭載する「my電子証明書」で電子署名法に基づく認定を取得しています。

現在は、前橋市の「めぶくID」などで実装が進んでいます。前橋市は、マイナンバーカードで本人確認したデジタルIDをスマートフォン上に発行し、利用者が自分の意思でデータ連携を許可・解除できる仕組みとして案内しています。

つまりFPoSは、構想だけの技術ではありません。一方で、全国の医療、交通、金融、行政がすでにつながった完成済みの共通基盤でもありません。本人確認と電子署名の技術が実装段階へ進み、これから参加する事業者と利用場面を増やしていく現在地にあります。

信頼は「人」から「本」へ、そしてデジタルの設計へ移ってきた

福田氏は大学で歴史を専攻しました。スピーチでは、信頼の変化を、人のつながり、印刷物、インターネットという順序でたどりました。

「私たちは、信頼できる人、そして信頼できる本とともに生きてきた時代がありました」

小規模な共同体では、相手の行動を継続して観察できます。評判や人間関係が、信頼を支える仕組みとして働きます。しかし、社会が大きくなれば、会ったことのない人や組織の情報を信じなければ生活できません。

15世紀半ば、ヨハネス・グーテンベルクによる欧州の活版印刷は、知識を大量に複製し、個人的な人間関係の外へ届けました。米国議会図書館は、1455年ごろに完成したグーテンベルク聖書を、中世から近代への転換点と位置づけています。

ただし、印刷された情報が自動的に正しくなったわけではありません。1487年に刊行された『魔女に与える鉄槌(Malleus Maleficarum)』のような魔女裁判の手引書も印刷によって広まりました。近年の研究では、同書の新版が刊行された後に、周辺都市の影響も重なって魔女裁判が増えた関係が示されています。

印刷技術が「信頼できる本」を直接つくったのではありません。著者、出版社、図書館、教育、批評、訂正といった制度が積み重なり、読む側が情報の確度を判断する環境が育ちました。

インターネットは、その流通をさらに高速化しました。同時に、発信者の身元、情報の出所、編集過程を見えにくくしました。生成AIは情報を読むだけでなく、新しい文章や画像を大量に作り、さらにAIエージェントは予約、購入、送金、申請まで実行しようとしています。

ここで信頼の問題は、「どの情報を信じるか」から、「誰の代理として、何を実行してよいか」へ広がります。

FPoSは、情報の内容が真実かどうかを判定する技術ではありません。本人性や電子署名を確認できても、その人が間違った情報を述べる可能性は残ります。FPoSが担うのは、誰が発したか、何に同意したか、処理の途中で改ざんされていないかを検証できる領域です。

この限界を明確にすると、FPoSの役割がよく見えます。デジタル社会の信頼を単独で完成させるのではなく、編集、法制度、監査、説明責任を機能させるための技術的な土台をつくるものです。

生活は、アプリを使い分ける作業から変わっていく

福田氏は、前橋市で一人暮らしをする父親の通院を例に、FPoSが目指す生活を説明しました。

病院の予約時刻に合わせて車が迎えに来る。診察が終わるころに帰りの車が到着し、処方箋はいつもの薬局へ送られる。自治体の移動費補助が適用され、本人はスマートフォンや音声で一度確認すればよい。個々の機能は、すでに現在のアプリやAIで実現可能です。

難しいのは、病院、薬局、交通事業者、銀行、自治体がそれぞれ保有する情報を、本人の意思に基づいて安全につなぐことです。

「さまざまな事業者を超えて、パーソナルデータを横断的に使える仕組みが必要です。それを実現しようとしているのがFPoSです」

実現すれば、生活者が一つずつアプリを開き、同じ氏名や住所を入力し、本人確認書類を撮影し、予約結果を別のサービスへ転記する作業を減らせます。変わるのは、アプリの数よりも、サービスの間を人が取り持ってきた手間です。

AIエージェントが入ると、この考え方はさらに先へ進みます。利用者の予定、体調、支払い条件、行政支援の対象といった情報を参照し、複数の手続きを組み合わせられるからです。

「AIエージェントに、どういう権限を与え、何をしてよいのかを、きちんと定義しなければいけません」

AIが提案するだけなら、間違いを人が止められます。しかし、予約や送金を実行するなら、本人から与えられた権限の範囲、金額、期限、利用するデータ、再確認が必要な条件を定義しなければなりません。

福田氏が4つの要素の中で「最も大事」と強調したのが、自己主権です。

「最も大事なのは自己主権です。利用者一人ひとりが『分かった』と明示的に許諾することなしに、個人情報を取りに行き、サービスを動かしてはいけません」

FPoSでは、利用者の許諾を電子署名として記録します。AIに仕事を任せる便利さと、本人が最終的な決定権を持つことを両立させるためです。

「Trust by Design」は、事故の前に信頼を組み込む

福田氏は、FPoSの設計思想を「Trust by Design」と表現しました。

「Trust by Design。設計段階から、きちんと信頼を築くということです」

これは、攻撃や漏えいが起きるたびに防御を追加するだけでなく、サービスを設計する最初の段階で、本人確認、権限、電子署名、同意、記録を組み込む考え方です。

ただし、暗号技術が強ければ、それだけで利用者から信頼されるわけではありません。社会実装では、少なくとも四つの点を観測する必要があります。

  • 同意画面が、専門知識のない利用者にも理解できるか
  • 一度与えた許諾を確認し、変更し、解除できるか
  • スマートフォンの紛失、機種変更、本人死亡、判断能力の低下に対応できるか
  • AIや事業者が誤って処理した際に、誰が止め、訂正し、補償するか

さらに、スマートフォンとマイナンバーカードを持たない人への代替手段も欠かせません。信頼基盤が生活インフラになるほど、使えない人をどう支えるかは、付加機能ではなく設計の中心になります。

FPoSが変えるのは、認証の画面ではなく、サービスの境界である

FPoSの説明だけを読むと、強固なデジタルIDや電子署名の技術に見えます。しかし福田氏のスピーチが示したのは、その先にあるサービス設計でした。

これまでのデジタルサービスは、事業者ごとに利用者を囲い込み、アプリごとに本人確認と同意を繰り返してきました。FPoSが目指すのは、本人が自分のデータと意思決定を管理したまま、必要なサービスだけを横断してつなぐことです。

そのときAIは、利用者を置き換える主体ではなく、明示された権限の中で動く代理人になります。

「信頼ということを、改めて考えてみようじゃないですか」

人間関係の中で育ててきた信頼は、印刷と出版によって制度へ広がり、インターネットではプラットフォームの規約や評判に委ねられてきました。AIエージェントが行動する時代には、信頼を「誰が、何を、どこまで任せ、後から確かめられるか」という実行可能な設計に変える必要があります。

FPoSは、そのための技術的な答えの一つです。

次に見るべきなのは、認証の強さだけではありません。医療、交通、金融、行政が実際にどこまでつながるのか。利用者が許諾を理解し、自分で取り戻せるのか。そして、便利さが一部の人だけのものにならないか。

「信頼」を掲げたカンファレンスの評価は、実装されたサービスの数よりも、生活者が安心して任せ、必要なときに止められる仕組みをつくれるかで決まります。

参考資料