2026年7月23日、国立京都国際会館で開かれた第72回日本不整脈心電学会学術大会を取材しました。特別企画「Apple Watchと健康をサポートする機能の活用事例」では、3人の医師が心房細動、高血圧、医療データ連携の研究や診療例を報告しました。

そこで繰り返し確認されたのは、Apple Watchが医師に代わって診断する、という話ではありませんでした。

価値があるのは、病院の検査では捉えられなかった日常の変化を記録し、医師に相談する材料を残せることです。

Apple Watchは医療機器の代わりではなく、生活と医療の間にある空白を埋める道具として見た方が、役割を正確に理解できます。

心拍計の出発点は、病気の発見ではなく消費カロリーだった

Apple Watchの心拍センサーは、最初から病気を見つける目的で載ったわけではありません。

以前、Appleのヘルスケア担当バイスプレジデントで医師でもあるサンブル・デサイ氏に取材した際、Apple Watchのヘルスケア機能は「有機的に」発展したのだと説明してくれました。

初代Apple Watchで光学式心拍センサーを採用した大きな理由は、体の動きや消費カロリーを、科学的により正確に計算するためでした。ところが、日常的に着けていた利用者から、安静時の高い心拍数に気づいたという連絡がAppleへ届き始めます。

Appleはそこから、高心拍数と低心拍数の通知、不規則な心拍リズムの通知、さらに心電図アプリへと機能を広げていきました。

この順番は重要です。

医療専用の装置では、検査する期間や場所が限られます。一方、メッセージを確認し、電車に乗り、運動を記録するために毎日着ける腕時計なら、本人が予想していない時間にもデータが残ります。

Apple Watchのヘルスケアにおける強みは、まず「身につけ続けてもらえること」にありました。

医療機器として扱われるのは、Apple Watch全体ではなく特定のプログラム

ここで、誤解しやすい境界を整理しておきます。

Apple Watch本体が、病院の心電計や血圧計と同じ医療機器になったわけではありません。日本では、心電図アプリ、不規則な心拍の通知、高血圧パターンの通知など、特定のソフトウェアが管理医療機器のプログラムとして扱われています。

心電図アプリは、Digital Crownに反対側の手の指を約30秒置き、第I誘導に似た一つの波形を記録します。病院で使う標準的な12誘導心電図とは情報量が異なり、心臓発作を検出する機能でもありません。表示されるのは、その30秒間の心拍リズムについての分類です。

つまり、Apple Watchが出すのは診断ではありません。

ただし、医師が波形を見るための記録にはなります。2023年に取材した幕張不整脈クリニックの濱規男医師も、発作が起きた瞬間の心電図を本人が残せる点を評価していました。Apple Watch側で「判定不能」と表示されても、波形そのものを医師が読める場合があるためです。

ソフトウェアが認可の対象になっている意味は、Apple Watchを医師にすることではありません。通知や分類が、どの目的と限界の範囲で使えるのかを明確にすることにあります。

心房細動の研究が向き合ったのは、検出後に人が動かない問題だった

京都府立医科大学の妹尾恵太郎准教授は、Apple Watchを使った職域での脳卒中予防プロジェクトを紹介しました。

研究の対象は、高血圧と診断された55歳以上の企業勤務者です。取材時点で194人が参加し、観察と解析が進められていました。したがって、Apple Watchによって脳卒中を減らせた、という結論が出た研究では、まだありません。

この研究で面白かったのは、心房細動らしい波形を見つける精度だけを追っていないことです。通知を受けても、症状がなければ「少し様子を見よう」と考え、受診につながらない人がいます。

そこで研究チームは、Apple Watchの心電図を医師が遠隔で確認し、チャットで説明し、必要なら受診を勧める仕組みを組み合わせました。デバイスが兆候を拾い、医師が意味を判断し、本人が医療機関へ向かう。その途中にある断絶を埋めようとしています。

測れることと、健康を守れることは同じではありません。

データの後に、誰がどう説明し、次の行動を支えるか。ウェアラブルを医療へ生かす本当の設計課題は、そこにあります。

高血圧パターンの通知は「手首で測る血圧計」ではない

順天堂大学の矢野裕一朗教授は、Apple Watchの高血圧パターンの通知について、血圧の上と下の数値を表示する機能ではないと強調しました。

対応するApple Watchは、光学式心拍センサーで得たデータから、血管が心拍にどう反応しているかを30日単位で分析します。高血圧に関連するパターンが続いた場合に通知し、カフ式の家庭用血圧計で記録して、医師へ相談するよう促します。

矢野氏の発表で示された臨床性能は、感度41.2%、特異度92.3%でした。簡単に言えば、高血圧の人をすべて拾える機能ではありません。「通知が来なかったから、自分は高血圧ではない」とは判断できない数字です。

一方で、もともと血圧を測る習慣がなかった人に、家庭用血圧計を使い始めるきっかけを作ることはできます。完璧な血圧計の代わりではなく、未診断の可能性に気づく入口として位置づけるべき機能です。

病院の「点」のデータを、生活の「線」へつなぐ

慶應義塾大学病院の木村雄弘医師は、Apple Watchを着けた90歳代の患者が、家族の助けを受けながら心電図を記録している事例を紹介しました。

高齢者はデジタル機器を使えない、と年齢だけで決めつけることはできません。日常で使う理由があり、家族や医療者の支援があれば、記録は続けられます。

木村氏が示したもう一つの視点は、診察室で得る「点」のデータと、生活の中で続く「線」のデータの違いです。年に数回の診察では、動悸が起きた瞬間や、その前後の睡眠、活動量まで捉えることは困難です。

もちろん、生活のデータが増えれば自動的に診療が良くなるわけではありません。医師が確認できる形式に整え、電子カルテなどと安全につなぎ、患者本人が共有範囲を選べる仕組みが必要です。Apple Watchの次の課題は、センサーを増やすことだけでなく、データを診療の流れへどう接続するかに移っています。

心臓の機能を重視するなら、どのApple Watchを買うべきか

2026年8月15日時点の現行3モデルを、心臓に関係する主な機能で比べると次の通りです。

現行モデル 心電図アプリ 高・低心拍数の通知 不規則な心拍の通知 高血圧パターンの通知 向いている人
Apple Watch Series 11 心電図を含む健康機能を標準的なサイズと価格で使いたい人
Apple Watch SE 3 × × 心拍数と不規則な心拍の通知を重視し、心電図は不要な人
Apple Watch Ultra 3 長いバッテリー駆動時間、屋外活動、堅牢性も必要な人

心臓の健康機能を目的に初めて買うなら、基本の選択はSeries 11です。心電図と高血圧パターンの通知を使えます。Ultra 3は心臓関連の機能を増やすためではなく、バッテリーやアウトドア性能へ追加費用を払うモデルと考えると選びやすくなります。

SE 3でも、高心拍数、低心拍数、不規則な心拍リズムの通知は利用できます。ただし、Digital Crownに指を置いて心電図の波形を残すことはできません。

手持ちや中古モデルでは、心電図アプリはSeries 4以降(SEを除く)とすべてのUltraに対応します。高血圧パターンの通知はSeries 9以降とUltra 2以降です。OSの対応、バッテリーの状態、日本での機能提供も併せて確認する必要があります。

なお、「頻脈を検出するモデル」という表現は正確ではありません。すべての現行モデルは、設定した値を上回る状態が続いた場合に高心拍数を通知できますが、原因となる不整脈を診断するものではありません。

Apple Watchは、健康について医師へ伝えるための取材メモになる

使い方は、難しく考えなくてよいと思います。

高心拍数、低心拍数、不規則な心拍の通知を設定しておく。動悸などを感じた時に、安全に操作できる状態なら心電図を記録し、症状もメモする。通知や波形が残ったら、iPhoneのヘルスケアアプリやPDFを医師に見せる。薬の変更や診断は、自分やApple Watchで決めない。

胸の痛みや圧迫感など、心臓発作が疑われる症状がある場合は、記録を優先せず、救急へ連絡すべきです。Apple Watchは心臓発作や脳卒中を検出する装置ではありません。

京都で3人の医師の発表を聞いて、Apple Watchの役割が少しはっきりしました。

これは手首に載せた小さな医師ではありません。自分の体に起きたことを、後から医師へ正確に伝えるための取材メモです。記録を診断と取り違えず、次の行動へつなぐ。その付き合い方であれば、日常の腕時計と医療の間には、まだ大きな可能性があります。