そろそろ今年も終わります。言葉が映し出す、2025年の空気感について。
「今年を象徴する言葉は何だったのか」を振り返りたくなります。10月以降の多忙で若干短期的な記憶が定かではないからなおさら、ふり返りは大切だな、とデジタルのカレンダーをチェックしているところです。
職業病的に出来事には強くフォーカスが行く一方で、そのものよりも、そこに付与された言葉も気になります。それも職業柄、と言うべきか。
今年を象徴する二つの言葉として、「今年の漢字=熊」と、「今年の単語=rage bait」(レイジ・ベイト)を並べてみると、興味深い共通点が見えてきます。


熊の出没に脅かされる日常
「熊」は、本来であれば自然や山の象徴であり、人間の生活圏から距離のある存在でした。しかし今年は、熊の市街地出没や人身被害が繰り返し報じられ、ニュースの常連になりました。
ここで注目すべきは、熊そのものというよりも、「境界が壊れている」という感覚です。人と自然の境界、里と山の境界、想定と現実の境界が、音を立てずにずれてきた結果として、熊が象徴的な存在になったと見ることができます。
環境問題は往々にして、進行中のものに対して気づきにくく対処しにくいという特徴があります。瞬間を見ても、季節に合わせた1年単位の変化を忘れてしまうし、大きく変化したあとは、取り返しがつかない。
山と里の境界にあった農地が放棄されたことが原因とされる人と熊の接近は、日本の地方における人類の後退が招いていて、ジワジワとした変化と、年単位の顕在化が同時に見られた結果だと思います。
全スマホユーザーよ、静まれ!
一方で「Rage bait」は、ネット空間で広く使われるようになった言葉です。
直訳すれば「怒りを釣るための餌」。
人々の怒りや不満、不安を刺激することで注目や拡散を狙うコンテンツや言動を指します。今年は特に、この言葉が説明力を持ち始めました。炎上や対立が偶発的に起きるのではなく、設計されたものとして消費されているという感覚が、社会に共有されたからです。
特にXは、Rage baitの主戦場と言えるかもしれません。
即時性ある有力な情報源であり、多様性と、説くに日本では人々のクリエイティビティに触れることができ、見ているだけでフィルターされたトレンドの最先端を感じることができます。
しかしプラットフォームの変質によって、Rage bait空間へと変貌しているのではないでしょうか。
Rage baitに象徴されるXという言論空間の構造
Rage baitという言葉がここまで定着した背景には、Xというプラットフォームの構造変化があります。
かつてのXは「短文によるリアルタイム共有」が主目的でしたが、現在は「可視性を競う場」へと性格を強めています。その中で、「怒り」は最も効率よく拡散を生む感情として最適化されてきました。
Xでは、強い否定、極端な一般化、誰かを名指しする断定的表現が、アルゴリズム上もユーザー心理上も有利に働きます。
またRage baitは偶然生まれるものではなく、「表示されやすい言葉遣い」「反応を引き出す構文」が積み重なった結果として設計されるケースが増えています。怒らせること自体が目的化している点が、従来の炎上との決定的な違いです。
また、Rage baitは必ずしも虚偽情報とは限りません。
事実の一部を切り取り、文脈を削り、受け手が最も苛立ちやすい角度で提示する。この「事実×感情操作」の組み合わせが、Xでは高い拡散力を持ちます。そのため、知識や問題意識の高いユーザーほど、意図せず反応してしまう構造が生まれています。
と、ここまで書いてくると、自分でもハッとする瞬間が多々ありますね。
「熊」と「Rage bait」の共通点とは?
「熊」と「Rage bait」は、一見すると無関係に見えます。しかし両者に共通しているのは、「本来は距離を保つべきものが、無防備に近づいてきている」という構図です。
熊は物理的に人の生活圏へ、Rage baitは心理的に人の感情の深部へと、踏み込んできます。どちらも、こちらの準備が整わないまま接近してくる点で、不安や疲労を生み出します。
さらに重要なのは、これらの言葉がいずれも「個別の事件」ではなく、「状態」を表している点です。
今年は熊のニュースが多かった、炎上が多かった、SNSを見て怒った、という1つずつの話では終わりません。むしろ、「そういう状況が常態化しつつある」という感覚を、一語で共有できるようになったこと自体が、今年らしさと言えます。
言葉は、問題を解決するために生まれるとは限りません。
多くの場合、「何が起きているのか分からない」という違和感に名前を与えるために生まれます。「熊」も「Rage bait」も、私たちが直面している変化を、理解可能な形に落とし込むためのラベルです。
今年を振り返ると、出来事以上に、「境界が曖昧になった一年」だったように思えます。自然と都市、健全な議論と感情の消費。その境目が揺らいだ結果として、これらの言葉が強い存在感を放ったのではないでしょうか。
来年、どんな言葉が生まれるのか。それは、生活をしていて、いったいどこに違和感を覚え、何に名前を与えたくなるのかにかかっています。
言葉を振り返ることは、社会の変化を静かに点検する作業でもあります。今年の「熊」と「Rage bait」は、とても示唆に富んだ観測点だったと言えそうです。



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