古いものに逆に名前がつけられる「レトロニム」 – 「紙の本」「固定電話」「有線LAN」に、「スマホ」が加わる日は来るのか?

Kotoba
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よく、「新●●」っていう言葉、ありますよね。

新幹線、新生活、新玉川線、新加勢大周…。

これらに共通しているのは、同じジャンルで新しいものができて、もともとあったものに対して新たな名前が名付けられたということ。新幹線に対して幹線、新生活に対して生活、新玉川線に対して玉川線、という具合で、新しい方に「新」をつけて区別しています。

まあわかる。

しかし、新しいものができて、古い方に新たに名前がつくパターンもあります。これが「レトロニム」(Retronym)です。「再命名化」と訳しても良さそうです。

あるものが時代とともに進化・変化してそれが定着した場合、古いものを区別するために後からつけられた名前のこと。これはテクノロジーの世界に極めて多く存在しており、「言葉のアイデア」をいつも考えている私にとっては、観察対象でもあります。

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レトロニム化したものの概念を知らない

このあいだ、学生に「太郎さんって、家に“固定電話”あるんですか?」と聞かれました。「ないよ」と答えたら、「あれって、本当に固定なんですか?」真顔で質問され、「コードレスだから、動かせるよ」と答えると、これもどうも要領を得ない。

「コードレスって、コード有りの電話があったんですか?」

「だから設置場所が固定されていたんだけど」

「??」

見たことがなく、当たり前でないものを想像することが難しい。そんな会話が時々交わされたりします。携帯電話が新しく出てきて、家にある電話は「家電」なんて呼んでたけど、ケータイが主流になって、家にある電話の動かせないという特徴を付加して「固定電話」という言葉になっています。

電話の話に戻ると、自分が子供の時には、コードレス電話と留守番電話が融合した「コードるす」も主流になってきていたので、「ダイヤル式電話」とか「黒電話」というレトロニムが生み出された後でした。もうちょっと前には、ダイヤル式が当たり前だし、家の電話が黒いのは当たり前だったので、わざわざダイヤル式とか黒とかつけないわけです。

スマートフォンが当たり前の学生からすれば、無線接続が当たり前で、ケーブルを繋ぐのは充電の時だけ。電話は持ち運べるし、インターネットもワイヤレス。だからわざわざ「有線LAN」なんて呼んだりして、無線LANと区別していたりしますよね。

レトロニムは、新しく主流になったものが生まれると、古いものの特徴を一般名詞に付加して新たな名詞を作り出しています。

今固定電話が自分の家にないように、だんだん古くて新たに名付けられたものは、だんだん身の回りから消えていき、文字通りレトロなものになっていくのです。

カメラは変化するが、写真は変わらず

カメラも大きく変わってきた存在でした。デジタルカメラが出てきて、旧来のフィルムに記録するカメラは「フィルムカメラ」と名付けられました。「デジカメ」なんて略されたりして。

でも、デジカメにしてもフィルムカメラにしても、使う目的は写真を撮ること。この「写真」という言葉は、あんまりデジタル写真とも、アナログ写真とも言わないですよね。写真が持つ価値や目的はあまりアナログでもデジタルでも変わらないからなのかもしれません。

電話も、ケータイだろうが家電だろうが、「通話」は「通話」のまま。変化するのは名詞ばかりで、動詞化された言葉、行動を表す言葉は、レトロニムになってないように思います。

当たり前が変わった時に大量発生する

我々の生活が一変した時に、レトロニムの大量発生を見ることができます。直近では、新型コロナウイルスのパンデミック。

パンデミックで行動が制限されると、いろいろなものがオンライン化を余儀なくされました。そのため人が外出したり、同じ場所に集まらなければならない事柄に対して、レトロニムが発生しています。

  • ECの普及で、物理的に存在するお店は「リアル店舗」「実店舗」に
  • オンライン会議やオンライン授業が常態化し、「オフライン会議」「対面授業」が貴重に
  • ライブやスポーツの試合も、お客さんが入れる興行は「有観客ライブ」「有観客試合」に

我々の生活が一変すると、レトロニムが大量発生する。逆に、レトロニムを大量発生させるアイデアを考えつけば、それはめちゃめちゃ大きなイノベーションになる可能性がある、と言えるかもしれません。

やがてレトロニムを知らない世代へ

まだまだ身の回りのレトロニムはあります。「紙の本」「オールドメディア」「源泉掛け流し温泉」。こうして再命名が進むと、だんだん身の回りから消えていき、珍しいものになっていきます。

その点で、今年になってテレビや新聞が「オールドメディア」と広く呼ばれるようになったことは、人々の生活の中心からだんだん外れるトレンドに入ってしまったという、おそらく危機が現実のものになりつつあると見るべきかもしれません。

そして、冒頭の固定電話のように、言葉は聞くが実態を知らない、あるいは言葉すら知らない、という世代へと移り変わっていくことになるのでしょう。

では「スマホ」がレトロニムになるとしたら?

ここで考えたいのが、スマートフォン、スマホがレトロニムになるとしたら、何が起きるのだろうか?ということ。何に追い出されて、スマホが再命名→忘れ去られる道を辿るのか。

これはなかなか手強いかもしれない。

そもそも、スマートフォンは、電話(=Phone)のスマート版ということで、進化が名前になっている名詞です。スマートの定義については色々な議論はありますが、当初はインターネットにつながる電話として始まりました。

今では、アプリが追加でき、生活全般を便利にしてくれる、ポケットの中の最も身近な端末、となっています。あるいは、レトロニム化せずに、単に使われなくなるところまで追いやらないと、どっしりと構えたその座から引き摺り下ろすことができないかもしれません。

例えば、デバイスという実態が継続するのかどうか。
デバイスなしでアプリやネットやAIを使いこなす未来は来るのか。

そう考えると、「ポケットにデバイスを入れること自体がスマートではない」みたいな再定義から、「Pocket Phone」とレトロニム化されるんじゃないか、と思いました。

あれ、Appleはそういえば、「iPhone Pocket」なるものをリリースしていましたね。

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